2012年7月27日
ブログ更新一時停止のお知らせ
管理人の受験のため、このブログの更新を一時的に停止します。
再開は来年の3月頃を予定しています。
Twitterはまだ継続する予定ですから、何かの連絡はTwitterにいただけると助かります。
身勝手な理由ですが、お許し下さい。
更新の再開を乞うご期待ください。
2012年7月27日
2012年7月26日
部活終了
今日、長い間いた科学部員としての活動が終わりました。
最後の研究発表(自分は航空機について調べ、それをPower Pointを使って「長々と」説明しました。
固定翼機について、回転翼機について、最近ニュースになっているV-22 Ospreyについて、日本製航空機について…。
興味を持っていて調べていた情報を纏めてみると長いものだな、と我ながら思いました。
まだまだ書きたいこともありますが、興味のない人にとっては「なにそれ? おいしいの?」状態なのでカットしました。
AH-64Dのロングボウ・レーダーやA-10ThunderboltのGAU-8 Avenger砲などの情報を付け足せば2倍、3倍、4倍…と膨らむのだろうと思います。
また、後輩(2年)の女子4人から手紙をもらいました。
この記事の執筆前に拝読しましたが、「恋と受験をガンバレ」という内容でした。
まぁ期待していませんでしたが。マジで。
でも、2年と4ヶ月、長いようで短かったな、と思います。
受験に専念しなければならないな、と思います。
2012年7月10日
いじめの対策について
いじめの対策について
学校でいじめられるのにもう疲れました。
アドバイスを頂きたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
本来ならば学校にいるべき時間ですが、毎日のいじめに耐えかねて今日は学校を欠席することにしました。
もっとも、受験に響くのでこれ以上の欠席日数は増やしたくないですから、これ以上休むつもりはありません。
ただ、休んで浮いた時間(浮いたというと語弊がありますが)をこちらで相談したり、皆さんのご意見を伺ったりする時間に当てようと思い、相談させていただきました。
状況を説明させて頂きます。
自分は中学校3年です。
当然ながら来年には受験が控えており、欠席日数は増やしやくないですし、成績や学力を上昇させたいと思っています。
しかし、クラスの連中を始め、同級生がいじめてきます。かつては先生に暴力を振るわれたり(学年主任)、学年の前でバカにされたり(担任。厳密には2年の時の担任で、人事異動で他校に行ったため3年の退任式で言われた)しました。
学校に登校すれば「いじめの標的」とされ、いろいろな人間からのいじめを受けます。
「いじめだ」といえば「一対一だからいじめじゃない」とも言ってきます。一対一でもいじめ、と言うことを聞いたことがありますし、そもそもいじめてくる人間は複数なのですから、自分からしてみれば(別に自己中心的な意味で言うのではなく)「一対複数」の構図になっていルのです。向こうから見れば「一対一」なのでしょうが。
しかも、少しミスをしただけでも「やーいw」「カスい」「バーカ」と言ってくるのに、先生が咎める様子もありません。
同級生に何をされるかを具体的に説明すると、
A.「いらない」と言ってくる
B.仲間はずれにする
C.「キモイ」と言ってくる
D.「臭い」と言ってくる
E.「汚い」と言ってくる
F.写真撮影をするときに顔を隠してくる
G.暴力
H.その他暴言
I.ちょっかい出し
です。やめるように言っても「嫌だ」とか言ったり、その場では「分かったw分かったw」となってもまたいじめてきたりします。
人権侵害である事や、暴力や侮辱は刑法にて明確に禁じられている(禁じられている、と言うと少し違う気もしますが)事を言って警告してもまだいじめてきます。
場合によっては、「お前に権利なんて無い」とか「人じゃないから人権なんて無い」だなんて言って来ます。
修学旅行の際も、俺がトイレに言った隙に俺の座席に他の人(いじめっ子含む)の荷物をおいて座れなくしたり、新幹線の中のトランプに入れてもらえなかったり、仕方がないから寝ようとすると「現実から逃げようとしている」と言って来たりします。
その主犯格となった人物(同じクラス。出席番号は自分の2つ手前で、テストの時などは自分の1つ前が欠席の多い人なので空いて、主犯格に嫌でも目の前に座られる。)を見ると嫌でもいじめられた記憶が蘇ってきます。(フラッシュバックというのでしょうか?)
と、言うか、見なくても自宅でふと思い出すことがかなりあります。
学校ではまだ良いですが、自宅で思い出すと涙が出たり、気晴らしにエアガンを撃ったり(当然安全な方向に向けて)して、やらねばならないことを中断せざるを得ません。
思い出さなければ良いのでしょうが、どうしても、嫌でも蘇ってくるのです。
具体的に何を思い出すかというと、前編の修学旅行の件や、臭くないはずなのに「臭い臭いw」と言って来たり、キモいとか言ってくるのですが、そのことが蘇ってきます。
その「主犯格」以外にも、他の人にいじめられた経験や、先生に暴力をふるわれたり学年の前でバカにされたりしたことなど(他にもかなりたくさんあります)が蘇ってきて、最悪、物に当たることも今までにありました。
別にそれで何かが変わったり、いじめてきた同級生や先生が謝罪してくれるというワケではないことくらい理解しています。
でも、蘇ってきてくるし、何かでストレス発散をしないと壊れてきそうなのです。
ストレス発散をしている筈なのに、学校に行けなくなるくらい壊れているのですから。
それに、怖いのです。
今日もし行ったら何をされていたか。明日行ったら何をされるか。明後日は?明明後日は?来週は?夏休み明けは?そのずーっと先は?
考えるだけで恐ろしいです。
今まで以上に酷いことに合うだろうし、大津市の自殺した人(生きていれば自分と同い年だったらしいです)みたいに、自殺の練習をさせたれたり、ハチを口の中に入れられたりするのかもしれません。
本当なら、普通なら、学校にいく事は、「勉強をすること」や「友だちと思い出を作る」とかの筈です。でも、俺にとっては「いじめられに行く」「暴力を振るわれに行く」「罵詈雑言を浴びに行く」ことなのです。
大津市の例の事件のようなことはされていない分まだ良いかもしれません。
担任の先生にも相談しました。
でも、「気にしなければ良い」「無視しろ」というだけで、対策をしていただいていません。
しかも、修学旅行から帰ってきたあと、親に相談して、母が学校に電話して教頭先生が出られた筈なのに、教頭先生も担任の先生も、「何があったの?」と聞いてくることすらしません。
もっとも、自分から言うべきなのでしょうが、それだけ学校は対策をしてくれていない、ということなのです。
それに、今担任の先生に相談しようとしても担任の先生は肺炎で入院してしまっています。
代わりに副担任の先生が担任の先生代わりとして来てくれていますが、今年採用された新任の先生なので、いじめに対する効果的な対策を知っているかどうかすらわかりません。
でも、学校に行かないで欠席日数が増えれば受験に響くし、将来の選択の幅が狭まります。もしかしたら(勝手なレッテル貼りはよくありませんが、あくまで可能性として)ニートやホームレスと呼ばれる人たちになる可能性も高くなるでしょう。
だから、これ以上欠席するのは嫌です。
でも、辛いのです。どう対策すれば良いのでしょうか。
受験に響くので不登校になるのは嫌です。
行けばいじめの集中砲火。
行かねば、将来は「ニート」「ホームレス」の偏見の集中砲火。
両者ともに嫌です。
この様ないじめの場合、どのような対策をすれば良いのでしょうか?
法的な制裁を加える事ができるのでしょうか?
その場合どの法律の何条に引っかかり、どのような手続きが必要なのでしょうか?
また、いじめっ子を強制的に転校させることはできるのでしょうか?
転校とまでは行かなくても、学年度の途中で他のクラスに移させることはできるのでしょうか?
もし出来るのならば方法をお教え下さい。
皆さんのご意見・ご回答をお待ちしております。
どうぞ回答をよろしくお願いします。
2012年7月4日
人権教育について
人権教育について
中学校公民の授業科目の中に、「人権」というものがあります。
例えば、女性専用車両があるのに男性専用車両がない、国によって法律が違う、等の「違い」は差別か?不当か?というものです。
これを、クラスで話し合って不当か正当かを出す、というものがありました。
最終的には先生が正解を出すというものですが、これに「正解」はあるのでしょうか?
例えば、女性専用車両を痴漢対策だから正当だ、とする主張を根拠に女性専用車両を正当化していました。しかし男性からしてみれば同じ電車賃を払っているのに乗ることの出来る車両が一両減らされているとか、痴漢冤罪対策がされていない、等の問題もあり、差別ではない、とはできない場合もあります。
ただ、先生や教科書会社の意見を「正解」とし、その他の意見をねじ伏せるというのは如何なものなのでしょうか?
学校では、それぞれの価値観や考え方の違いがあっても良い、ということを教えます。しかし、結局は先生や教科書会社の価値観・考え方・主観で「統一」しています。
宗教や政治的、経済的なシステムが世界各国で違うから、価値観・考え方・主観の違いが生じ、今日も世界各地で紛争や領土問題が生じているのもまた事実。
しかし、価値観・考え方・主観を押し付け、その他をねじ伏せているのでは解決にはならないのではないでしょうか?
「人権」と声高らかに言う割には、人権侵害となる紛争を助長する。
良い加減我が国の「人権教育」とやらを見直すべきではないのでしょうか?
2012年6月24日
2012年5月3日
憲法記念日
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
───日本国憲法 前文より───
日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
わが国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
われわれは、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統とわれわれの国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。
───自由民主党 日本国憲法改正草案 前文より───
今日は憲法記念日、即ち日本国憲法が施行された日ですね。
65年前、我が国の最高法規として日本国憲法が施行されました。世界でも類を見ない「戦争の放棄」を掲げた憲法ですが、施行から65年もの歳月が経ち、9条をはじめとする様々な条項に対し疑問や否定の意見が挙がっています。
先日の4月26日でサンフランシスコ講和条約から60年ということもあり、自由民主党(以下:自民党)が憲法改正草案を発表しました。
主権回復から60年、憲法施行から65年。そろそろ自主憲法を制定し、我が国の為になる放棄を制定することは政治家の使命であるはず。
1985年のイラク・イラン戦争の際、テヘラン在留邦人を自衛隊を憲法違反になるとしてイランに派遣できなかったり、東日本大震災の際に自衛隊による警備活動が認められなかったりしました。
自衛隊に国民を見殺しにしたり、警備活動をしたりすることを制限する憲法は即ち、国民の為にならない法律。
法律は本来「日本国民を守るための掟」であるはずが、国民を見殺しにしている。
本質的に考えたとき日本国憲法を改正せねばならぬことは明白。
また、人権救済機関設置法案(人権侵害救済法案、人権擁護法案)に対抗し、人権についての明確な規定や、外国人参政権に対し政治家や公務員の国籍条項を明記する必要があるでしょう。
外国人に参政権を持たせなかったり、外国人が公務員になれなかったりすると「差別」と言われますが、「日本のために働く」者ですから当然「日本人」であるはず。
昨今の東アジア情勢を見ればスパイ等の懸念もせねばならない。スパイが政治家になり、国政を操る。中国や韓国に傀儡政権を作られる前に(すでに作られている?)断固として対応しなければならない。
話がそれましたが、憲法を改正せねばならない、ということです。
また、天皇陛下も「国民の象徴」ではなく「日本国の元首」とする必要があります。
自民党案がそうですが(自分としては自民党案を支持しています)、世界を見渡せば王室のトップ、即ち国王は元首として扱われています。
イギリス(及びコモンウェルス・レルム各国)のクイーン・エリザベス2世やノルウェー(ちなみにノルウェーは日本に次いで世界で2番目に古い王室)のハーラル5世、ヨルダンのアブドゥッラー2世、先日来日され、話題となったブータンのワンチュク国王。
世界でも名の知られた方々ですが、元首たる国王として各国を統治されています。
日本も各国に倣い、天皇陛下を元首とするべきではないでしょうか。
靖国神社に関わる問題もあります。
自民党時代、「政教分離原則に反する」として首相が参拝するたびに野党が反発し、中韓北が抗議していた靖国神社。
日本のために戦い、戦地で散られた兵士に対し国家が最高の礼儀を持って祀るのは当然のことであり、国際的にも認められています。
(参考: 「国家のために尊い命を投げ出した人々に対し、国家は最高の栄誉を持って祀らねばならない、ということは、普遍的な原則として世界中で認められていることである。これを否定する国家は存在しない。そうでなければ、なぜ命を賭してまで戦わねばならないのか、国家は兵士に説明ができない。
国家とは、時に国民を戦場へ連れ出し、命を投げ出させる権力をもつ存在である。だとすれば、国家の命令に応じてかけがえのない命を捧げた人を、国家が最高の栄誉をもって祀らねばならないのは、最低限の約束事であることは自明の理である。いかに国家内で体制が変わろうとも、歴史の流れにいる以上、この約束事は守る。これは世界中で通用する話だ。」 麻生太郎著『とてつもない日本』より)
我が国の将兵は、天皇陛下万歳と叫んだ。家族や友人、故郷の風景を思い起こし戦地に散った。我が国の未来と発展の為に戦い、命を落とした。国家との約束事は天皇陛下との約束事であるとして理解し、死地に赴いた。
だから靖国神社は天皇陛下による御親拝が必要なのではないかと思う。
首相や天皇陛下が参拝するには、政教分離の原則を緩和し、社会的儀礼や習俗的行為の範囲を超えなければ宗教的な活動を許可し、靖国神社への参拝を認められるようにしなければなりません。
いずれにしても、我が国が未来永劫発展し、子孫に良い日本を残すためには憲法を改正する必要があるのではないでしょうか。
2012年4月13日
公民教科書検証
新学期ですね、RyanCooperです。
新しく公民の教科書が配布されたわけですが、内容を検証していたいと思います。
今回検証するのは東京書籍の『新しい社会 公民」です。
全体的に鳩山由紀夫元首相や菅直人元首相、野田佳彦首相の写真が多く載っています。
表紙には本田技研工業のASIMOやエイブラハム・リンカーン、広島の平和記念公園や永田町や霞が関、東証が写っています。
第1章の「私達の生活と現代社会」という取っ掛かり部分は省略し、第2章の「人権の尊重と日本国憲法」から検証してみたいと思います。
タイトルページをめくると「ちがいのちがい」という題の「ちがい」について考える項目があります。
女性専用車や男女の結婚可能年齢の違い等が載っています。
その後にはフランス革命や日本国憲法の説明があります。
そこには、9条と自衛隊に関することが書かれています。教科書という立場上中立を取らざるをえないのかもしれませんが、日本国の自衛隊なのですからもっと大きく自衛隊の活躍について書くべきではないのでしょうか?
「周辺諸国への配慮」と言われ、強い口調で教科書に事物を書けないのが現状です。しかし、真実を日本側の視点で語ることには問題はないはずです。他国からの視点を入れても良いでしょうが、重要なのは「我々は日本人であること」です。
また、自衛隊について書かれた項目(題は「日本の平和主義」)では、アメリカ軍基地に関することや「日本は核兵器を持つべきではない」という意見があります。その意見を要約すると、「広島・長崎で多くの犠牲者が出た。核兵器は多くの人を死傷させ、被爆者の生命や健康に長く影響を及ぼす。日本の国際社会において果たす使命は「軍縮による世界平和をアピールする事」である。
とのことです。
そして同章の次節では「人権と共生社会」という項があります。
「全国高校ラグビー大会の準決勝に大阪朝鮮高級学校が進出した」ということや、大阪で
朝鮮半島の統一を願ったワンコリアフェスティバルが開かれた、在日コリアン三世による作文という韓国・朝鮮系の事例が多く提示されています。
また、川崎市で公務員採用試験の受験資格から国籍条項を撤廃した、という事例が出てきています。
移民国家ではない日本が国籍条項を撤廃するというのは愚かな選択だと思うのですがね…。
憲法の権利等の説明が続き、アウン・サン・スー・チー女史のことや、ソフトバンクのストライキの事が例として取り上げられています。
第3章の「現代の民主政治と社会」が続きます。
民主主義における国民の政治への参加のことが書かれています。
エイブラハム・リンカーンやヒトラーが歴史上の事例として扱われています。また、党首討論や2009年8月29日付の麻生元首相と鳩山元首相の写真の載った新聞があります。
三権分立のことや麻生内閣での衆議院解散、民主党による
菅家利和氏の冤罪とされる事件や裁判所の種類等の裁判に関することも扱われています。
次に、地方自治に関することや、戦後の日本の政治について書かれています。
「主な総理大臣」として掲げられているのは、吉田茂・鳩山一郎・岸信介・池田勇人・佐藤栄作・田中角栄・中曽根康弘・細川護煕・小泉純一郎・鳩山由紀夫です。
細川元首相と鳩山元首相が大々的に取り上げられる必要があるのでしょうか?
細川元首相のところに書かれているのは「非自民連立政権・政治改革」で、非自民連立政権は重要ではないですし、「政治改革」と曖昧に表現され、分かりにくいものとなっています。
鳩山元首相のところでは「民主党を中心とする連立政権」とだけあり、これもあまり大きな功績ではないものと思われます。
第4章「わたしたちのくらしと経済」に続きます。
コンビニの経営者になってみよう、というものから始まり、広告やマルチ商法、POSシステムや東証についての描写があります。
第5章は「地球社会とわたしたち」で、君が代と日の丸、領土・領海・領空の領域や主権、国際連合について書かれています。
国際連合について、我が国が高い分担金を支払っているにも関わらず、常任理事国としての発言権がないことについて取り上げても良いのではないでしょうか?
また、東ティモール民主共和国での陸上自衛隊の平和維持活動について写真のみ載っています。
EUやNAFTA、ASEANやAPEC、9.11テロやコソボ紛争、海上自衛隊によるソマリアでの海賊対策が書かれています。
第6章は「よりよい社会をめざして」です。
まとめの章なので省略します。
最後には参考法令集が乗っており、日本国憲法の全文(前文ではない)、大日本帝国憲法やフランス人権宣言、民法、男女共同参画社会基本法、男女雇用機会均等法、同和対策審議会答申、人権教育・啓発推進法、アイヌ文化振興法、障害者基本法、教育基本法、情報公開法、地方自治法、労働基準法、労働組合法、老人福祉法、環境基本法、消費者基本法、日米安全保障条約、国際連合憲章、世界人権宣言、国際人権規約、女子差別撤廃条約、子どもの権利条約の一部が記載されています。
最後になりますが、この教科書は「日本国」の教科書です。一つのコインについて描くにしても、表・裏の両方があるように、一つの事例について語るときにも必ず様々な視点から描いた事例があるはずです。
字数の関係上、その様々な視点の全てを書くことはできないかもしれません。しかし、その時はどうか「日本のためになる」視点で描いたものを採るべきなのではないでしょうか?
我が国のために汗を流す人材を教育する事が目的である以上、かなり重要なことだと思われます。
ジョージ・ワシントンも、アメリカから見れば「我らがアメリカ合衆国の建国の父」ですが、イギリスから見れば「大英帝国からアメリカを奪い去った男」です。
太平洋戦争(大東亜戦争)も、アメリカ軍基地も様々な視点があるでしょう。
前者はアジアの独立のために我が国は戦いましたが、欧米諸国から見れば植民地を奪われるも同然。後者は地元民から見れば煩いだけでしょうが、米軍による東日本大震災の際の救難活動やテロとの戦いというものもあります。それ故にどうしても戦闘機や輸送機を飛ばさなければなりません。
決して自分からだけの視点で見ずに、様々な視点で物事を見つめることが人として重要なのかな、と思います。
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